2011年 松下政経塾特別例会

 
◆藤井 美子(岡山政経塾 十期生)

《松下政経塾合宿レポート》
  『理念・未来・愛・国家・地球』




<はじめに>
 右側には「愛と平和」を象徴する鳩を手にした女性像、左側にはひまわりの花を手にする男性像、そして門の中央部には松下政経塾のシンボールマークに包まれた太陽が私達を出迎えてくれた。



<松下幸之助塾主は今>
 岡山政経塾の入塾式、私が決意表明で<自習自得>と宣言してから早半年。
 宮本武蔵は自ら師を持たずして師になり、その道に達した。教えられて、教えられた通りに行うのは範囲がしれている。その範囲を越えていかなければ成長はない。自分の発言と言葉の重さが胸に突き刺さる。

 松下政経塾合宿の前後、松下政経塾と塾主の想いを調べた。
設立は昭和54年1月。松下政経塾の土地は6353坪。建物は2000坪もある。
塾生は14名。職員は12名。正味財産は11,218,086,087円に驚いた。
そこには、一年生の5人はいたが、2年生・3年生は不在であった。
 塾主は「このままでは、日本はますます混迷の度を進めていく」と今日の日本の危機的状況を予見し、この難局を打開するためには「新しい国家経営を推進していく指導者育成が必要である」と、私財70億円を投じ、1979年松下政経塾を設立し、無税国家論を訴えられた。未来を憂いた昭和54年、日本の国債残高は56兆円。現在、国と地方を合わせると、1000兆円とも1200兆円とも言われる借金大国日本、先進国の中で一番で、GDP比200%と言われるまでになっている。あれから32年、今、松下幸之助が生きていたらこの現状を何と言われるのであろうか?
 松下政経塾は国会議員38名。地方議員40名もの政治家を輩出しているが、国も地方も変わっていないと私は思う。
 昭和55年当時は、未来に夢や希望を抱いていた時代であることは間違いない。今、未来に夢や希望は抱けない。年金も医療も崩壊寸前と言われ、経済は後退の一途をたどり、少子高齢化は避けられず、不安に満ち溢れた日本がここにある。


<100年後の青写真>
 開発30年に亘って培ってきた電気自動車<エリーカ>はジェットコースターに乗っているかの様な加速・音も静かで乗り心地が非常に良かった。ガソリン主流の時代に将来を見据え電気自動車を開発しようと考える、発想の転換がこれからの地球に必要なのだ。化石燃料からの脱皮が地球を救う。


<国家の為に・・遊就館で想いにふける>
 戦争で多くの人が亡くなられた現実。お国の為に・・と想い命を絶つ。今の私達は、国のために、県のために、地域の為に命を削ってでも構わないと思い、行動する人がいるのだろうか。国家のためや地域の為に身を投げ打つよりは自分に生きるそんな日本になっている。


<最後に>
 朝のマラソンで、自分達がゴールしたのにもかかわらず、戻って迎えに来てくれた、佐藤敏哉さん、瀧さん、翼くん有難う。32期生の方が[同期の絆が深いですね。素晴らしく、感動しました!]と語ってくれた。私達がこの半年で積み上げてきた一番の財産だと思います。これからも岡山政経塾生として切磋琢磨しながら突き進んでいきたいと強く感じました。
<西には岡山政経塾>と言われるように、素直な心で自習自得して参ります。