2011年 松下政経塾特別例会

 
◆佐藤 修一(岡山政経塾 十期生)

《松下政経塾合宿レポート》
  『松下幸之助に学ぶ 』



一代で世界的企業を創り上げた経営者「松下幸之助」が見えた未来の日本像「無税国家」とは、自身の年収10倍相当の70億円を投じ、設立した松下政経塾とはいかなるものなのか。2万平米もある広大な土地、立派な研修棟や講堂などが建ち並んでいる。ここから松下幸之助に学んだ数々の議員や経営者が誕生したのである。

松下幸之助が考えた無税国家とは何なのか?
経営者の立場から考えるなら国=会社となる。

松下幸之助が考える国のかたちとは
きっと国益を税金だけにたよらず国自らが利益を出していけばよいのであろう。

私の周りだけかどうかはわからないが憤りを感じる。働けるのに働かない、偽装弱者が生活保護をもらっている。私たち国民が払っている税金である。さらにすべて最低限の生活費に使われているわけではない。パチンコ、ボート、競馬、競輪、酒、タバコなどギャンブルや嗜好品に使われている。生活保護費だけではない、年金などもそうだ。家族の在り方が変わり、お年寄りなどもより所がなくなり、コミュニティとしてパチンコ店などに行く人も多いのである。

偽装弱者と弱者を判別することが無理なのであればギャンブルを全て国有にすべきである、それもできないのであれば、カジノを国有でつくるべきである。税金からなる生活保護費が、さらには無駄に使われる年金も国益に繋がるのである。さらには外国からの観光客からのお金も流れてくる。

そんな事を考えながらひたすら草をむしっていた。松下政経塾の朝のそうじである。

これを毎日していることにふと気付いた。毎日である。考え事をしながらひたすらむしっていたが、目先の草をとって綺麗にすることばかりにとらわれてはいけない。根から抜かないとすぐに草がまた生えてくる。また同じことの繰り返しである。

先をみながら行動しないといけない。松下幸之助は100年先をみながら考え行動しているのである。これも「自修自得」である。

松下幸之助はどんな松下政経塾をみていたのであろう。200人座れる講堂。2万平米ある広大な敷地。使われていない民家。今現在、塾生14名、職員12名。

「素直」わたしが感じるかぎり、無税国家、収益分配と唱えた松下幸之助がつくりたかった松下政経塾ではない。もっとあるものを活かし、たくさんの日本を担う人材を育成しなければならないのではないか?

「立志」人生をかけるほどの思いでやり遂げる志をもって行動すると再度決意した。
自分を変えるため、人を変えるため、岡山を、日本を変えるために。未来のために。

「心意気」お金は手段であり目的が大事であると。松下幸之助が「人間を成長させるため」につくった松下政経塾、福武総一郎幹事が「考える力を身につけるため」につくったアートと一体となった島々。いずれも莫大な資金を投じ、明るい未来の日本のためにつくられたのだ。

岡山に帰り、松下幸之助の本を読んだが「無税国家」とは結局はお金を積み立て金利で国家を運営していくことである。

お金に働いてもらうわけだ。日本では金融知識は全くと言っていいほど学ばせない。貯金は郵便局、保険は簡保が当たり前に教育されている。保険業界は護送船団方式から、外資が参入しても価格はほとんど変わらなかったが、共済団体が安価な保険商品などを提供することがきっかけとなり、保険業法も変わるなど、諸外国に近い値段に変わっていった。だが海外の金融知識においては鎖国状態である。同じファンドに投資しても日本国内と外国では利率が全然違う。国外にお金が流れることを嫌うのは解るがそれを嫌い、国内だけでまわそうとしていても、結局は節税と同じことになる。

国民が潤い、国家が潤うのである。

「租税は国家運営の財政的基礎をなすものであります。したがって国民は納税の義務を完全に果たさなければなりません。」

「国家多端のときでも、国民の心情を無視した重税は、国家社会に対する義務観念を弱め、ひいては一般の道義も衰えさせる結果となります。」

「為政者は国費の合理化に意を用い、低率の税金でも国庫の収入が増大する道を工夫しなければなりません。そこに国家繁栄の基があります」

松下幸之助の言葉である。

今の日本は税金を無駄に使い、借金を増やし、未来の子供達に押し付けている。さらには復興税という名目で税金を増やしていく。松下幸之助が生きていたら何と言われるのか。

松下政経塾で松下幸之助を知ることができました。先の事を考え行動してきたつもりの私には「自修自得」という言葉が重く感じました。もっともっと松下幸之助の哲学に学ばねばなりません。明日を夢みて。