2010年 松下政経塾特別例会

 
◆小林 孝一郎(岡山政経塾 九期生)

《松下政経塾合宿レポート》
  太陽と緑と空間の中で




【1.はじめに 】
 体験型団体合宿の締めくくりとして、9月4日、私は松下政経塾合宿に参加しました。自修自得を原則とし、これまで多くの政治家や財界関係者を輩出している学びと実戦の場・松下政経塾は岡山政経塾の源流でもあります。合宿の目的には、「松下幸之助の理念に学ぶ」とあります。半年前、私は松下政経塾に強い関心を持ち、情報収集をしていました。収集をしているうちに岡山政経塾に辿りつき、「これだ」と思い、迷いなく飛び込みました。そうした経緯から、私にとってこの合宿は政経塾の活動の中で、最も楽しみにしていたものでありました。今回は、いわば本家本元である松下政経塾について、「政経塾そのものを体感すること」、「松下幸之助さんが伝えたかった思いとは」、この2点に着目し、私自身を見つめ直し、自分の中で今後の進路をより明確なものにするべく、合宿に臨みました。


【2.塾内施設見学で見たもの】
 燦々と太陽が照りつける暑い午後、古山塾頭に塾内をご案内いただき、一通り施設を見学させていただきました。歴史の重みを感じる和洋の建造物が静かに、だが、緑に囲まれた空間でしっかりと存在感を放っていました。
 印象に残っているものに、入り口にあるアーチ門があります。男女が太陽に向かって羽ばたく姿がレリーフとなっており、「この門をくぐる者は、どんな困難に出会おうとも愛と平和と正義と勇気で太陽に向かって行く」という意味が込められています。私は、そこには、塾そのものだけでなく、塾から塾生へ、あるいは国民へ対しての強い覚悟と信念のようなメッセージが込められていると感じました。
茶室には、松下幸之助塾主直筆の「素直」と書かれた掛軸がありました。素直というのは単に人に逆らわず、従順であるということだけではなく、1つの見方や先入観にとらわれず、物事のありのままの姿をみようとする心の持ち方であるということを知り、この言葉の意味をあらためて深く認識しました。これは、今まで岡山政経塾で学んできた「発想を転換する」や「ゼロから物事を発想する」と同義であると思いました。「素直な心は簡単そうに思えるが、実はこの現代社会で持ち続けることは決して容易ではない」「リーダーを目指す者は真理を探究し、本質を見極めるためにも素直な心を持っていなればならない」ということを塾主は伝えたかったのだと思います。


【3.さまざまな形で体現されている幸之助イズム】
 海老名健太朗茅ヶ崎市議からは、「岡山政経塾の皆様、ようこそ!湘南・茅ヶ崎へ」と題し、茅ヶ崎市の現状と問題点をわかりやすくお話いただきました。特に茅ヶ崎アロハの取り組みと普及に関しては、まさにゼロから出発で、苦労しながらも情熱一筋に浸透を図り、まちづくりに取り組まれている姿に心打たれるものがありました。また、先進事例として「市民活動げんき基金」を紹介いただきました。市民・事業者からの寄付金と同額のお金を市が「げんき基金」として積み立て、市民活動補助金として市民団体の支援に使用するというもので、やる気ある個人や団体へは市からも支援をしていきますよという姿勢の表れであり、他の市町村も大いに学ぶべき取り組みだと思いました。最後に、現役市議としての葛藤や苦悩についても本音で語っていただき、大変貴重は機会となりました。
 海老根靖典藤沢市長による「市民の目線による市民運営」では、一生住み続けたいまち湘南藤沢の実現に向けてのアイデアと、そのための「仕掛け花火」をご紹介いただき、地域経営者としての市長の情熱を感じました。湘南力として、@市民力、A13の地域による地域力、B近隣市町村との連携による広域力、この3点を挙げられ、市長自身は100cmの目線(車椅子、子どもの高さ)に立った市民目線で考えていることを言われました。また、アリストテレスの時代を引き合いに出され、市民参加による政治の実現に向け、3000人無作為アンケートと1日討論会を実施されました。討論前には行政がやるべきと認識していた事項も、討論後には市民・地域がやるべきことだと、市民の意識が変化している実例を示していただきました。市民は実際に顔を合わせ、討論を行うことで、市のあり方や行政に関して主体性や関心を持つようになることをお示しいただき、まさに目からうろこでした。何十万といる市民の討論なんて、はなから無理と決め付けるのではなく、やり方1つでこうして、十分市民の声が活かされ、市民が実際に参加する政治が実現できるのだということに感銘を受けました。「はじめから出来ないと思ったら、その時点で全て終わり。出来るようになるためにどう知恵をしぼり、実行するか」が大事であることを実感いたしました。また、市長や行政サイドは、しばしば住民は知っている、わかってくれているつもりになっていることが多いので、全く伝わっていないという気持ちでこちらから出向いていくくらいの感覚でないといけないと言われました。感覚のズレというのはお互い気がつかないものなので気をつけましょうと言われ、私自身の人生や日々の生活を送る上での大変参考となるお言葉でした。


【4.松下政経塾生との交流】
 夜の懇親会の場では、31期の塾生さんと杯を交わしながら、100キロ行軍の話題から、国や地域が抱える問題、選挙に至るまで本音で語り合い、交流できたことは何事にも代えがたい貴重な経験となりました。
 翌朝は、その塾生さんとともに、早朝研修(体操、庭掃除、ウォーキング)を行いました。庭掃除では、感謝の心を持ちながら落ち葉を丁寧に集めました。掃除は、直島合宿でも草抜きを行いましたが、その時よりもなぜか集中でき、あっという間に時間が過ぎました。集中して取り組めたのは、直島のときの自分の気持ちよりも今の自分の気持ちの方が、モヤモヤが無くなり、より明確になっていっていたからかもしれません。短時間でしたが掃除をするということで自分の心が洗われ、朝からすがすがしい気持ちになりました。
 2日目は高橋宏和塾生から「医療の再生」と題し、ご自身の取り組みをお話いただきました。自身の実体験を通じて、現在の医療を取り巻く環境や地域医療の問題点を鋭く指摘されました。医療は国民生活上、不可欠であるため、安定して供給されるべきでありますが、その環境が今、脅かされつつあります。戦後60年が経過し、医療環境もそれを受ける国民の意識も大きく変わりました。国の舵取りの中でも社会保障政策の方向性、医療を受ける国民と医療を提供する医療者の両者の間の認識の乖離など、さまざまな原因が考えられます。私も同じ医療人として、衆知を集め、現場の声を政治の舞台の届け、医療をよりよい方向へ改善、いや新たに創生していかなければならないと決意を新たにしました。そして地域は異なれども、「日本の将来をよりよいものに変えていきたい」「地域から日本を変えていきたい」という共通の思いを高橋塾生から感じ、松下と岡山の同志としての繋がりをあらためて実感いたしました。


【5.100キロ行軍の下見】
 2日目の午後は、10月開催の松下政経塾100キロ行軍のルートを下見しました。レンタカーにて地図を見ながら、三浦半島を一周しました。「百聞は一見しかず」とはまさにこのことで、車道がルートに設定されていることや都市部なので歩道もきちんと整備されているだろうから歩きやすいだろうと思ったら、大間違いでした。歩道はかなり狭く、デコボコでした。駅前商店街や観光客が歩く観光エリアもルートに入っていました。歩道のない場所もありました。車両の数は岡山とは比較にならず、事故にも注意しなければなりません。標高としてもアップダウンが激しく、さまざまな意味で岡山ルートよりは「歩きにくい」という印象を持ちました。岡山の道の良さを再認識するとともに、学びのある岡山ルートを開発していただいた政経塾の幹事および先輩方に感謝いたします。
 歩行ルートは茅ヶ崎市、藤沢市、鎌倉市、逗子市、横須賀市、三浦郡を通りますが、これらの中で横須賀市の歩道は他に比較し、整備されていました。横須賀市は、日本の防衛の重要な拠点であり、米軍基地、海上自衛隊の基地、陸上自衛隊の駐屯地、防衛大学等があります。うまく言えませんが、基地を受け入れ、日本の防衛の役目を担っている横須賀市政や日本における横須賀の存在というものが、整備された道路という形で表現されているように思われました。
 松下100キロ行軍は、チームで歩行します。チームでの歩行は個人とはまた違った歩行になります。各人のコンディションをもとに、ペースをあわせて歩かなければなりません。現在、歩行練習をしていますが、ペースをあわせて歩くというのが予想以上に難しいことを実感しています。100キロ行軍に挑むまでと本番の模様につきましては、また行軍が終わり次第、報告させていただきます。


【6.太陽と緑と空間の中で】
 翌朝、寮棟から私が見た景色は、ちょうど太陽の光が差し込み、アーチ門と緑のきれいな衆知の園(多目的広場)が広がっていました。その景色を見ながら私は思いました。「そうだ、松下政経塾とは人間形成塾であり、人間のあるべき姿を新たに考えなおす場である」と。そして、人間形成とはただ考えるだけではなく、身体で経験をし、その学びを実際の行動に生かす、行動に移すということまでを含んでいるのだと思いました。
 私は、直島合宿では「良く生きる」とは、「よく考えること」だと結論しました。太陽と緑と独特の空間の中で、松下政経塾は「人間とは何か」「生きていく目的とは何か」ということについて「よく考える」場所なのだと思いました。その中で導き出した人間観をもとに自分自身を磨いていくことが、この現代に渦巻くさまざまな問題や障害の中で自分自身を見失うことなく、地に足をつけて生きていくために必要であるのだと思いました。基礎課程としての2年間には、その松下政経塾の本質が凝縮されており、政治や経済を学ぶ以前に「人間とは何か」をよく考え、まず人として信頼に足りうる存在になること、その人間形成、人づくりこそが真の目的であり、「経営の神様」松下幸之助が一番、世に伝えたかったことなのだと、今回の合宿で確認しました。
 さらに、本家本元に行ってあらためて感じたことは、ここ岡山政経塾も本家に劣らず充実した環境を私たち塾生に用意してくださっているということであります。小山事務局長をはじめ、岡山政経塾の幹事の方々、歴史を作ってこられた先輩方の存在があるからこそ今の政経塾、そして私たちの学びの場があると思います。心より感謝申し上げます。
 塾主像に刻まれた平櫛田中の言葉「いまやらねばいつできる。わしがやらねばだれがやる」というのがあります。平櫛氏は岡山県井原市生まれ、福山市で少年時代を過ごしでいます。福山出身の私が高校時代、友人と待ち合わせていた場所にJR福山駅前の釣人像がありますが、その釣人は平櫛氏でありました。不思議なご縁ですが、何か15年ぶりに釣人、平櫛氏に会ったような感覚になりました。高校時代の私を見てきた平櫛氏は、松下幸之助塾主とともに、茅ヶ崎にやってきた33歳の私に対して、「いまやらねばいつできる。おまえがやらねばだれがやる」と説いているように感じられました。
 岡山政経塾に入塾してから半年、この合宿で「岡山という地域から日本を変えていく」ための気概を再び持ち直し、残り半年の再スタートを切ったように感じます。「自分自身がこの岡山をどのような地域にしたいのか」「そのために何をすべきで、自分はどう動くべきか」をよく考え、コツコツとではありますが、愛と平和と正義と勇気を持って、行動に移していきたいと思います。どんな困難に出会おうとも、強い信念と覚悟を持って立ち向かい、私は信じた道を真っ直ぐに進んでいきます。