2009年 松下政経塾特別例会

 
◆工藤 値英子(岡山政経塾 八期生)

《松下政経塾体験レポート》
 「日本社会を支えるのは、家庭教育の充実」
 〜 だからこそ、ワーク・ライフ・バランスの実現へ 〜



 「様々な分野において今の日本社会を担い、活躍している人材を排出している松下政経塾とは、いったいどんな所なのか・・・。」と、ただ単純な気持ちでこの合宿に参加した。

【アーチ門】

 まず、入り口にある“アーチ門”が印象的だった。男性と女性が太陽に向かって羽ばたく姿をレリーフにしている。『この門をくぐる者は、どんな困難に出会おうとも愛と平和と正義と勇気で太陽に向かって行く』という意味をこめて造られたらしい。私にはこのレリーフが家庭の姿に見えた。男性が父親、女性が母親。男女が力を合わせて家庭を守りながら、社会の中で生きていく姿そのものに見えた。

【素直の意味】
 古山塾頭訓話では、松下幸之助の言及する“指導者の条件”について伺った。“指導者の条件”とは・・・『志がある』『素直』『元気』、そして『感謝する姿勢』『謙虚』。中でも、『素直』の意味が最も心に残った。
 素直な心とは・・・それは単に人にさからわず、従順であるというようなことだけではない。むしろ本当の意味の素直な心とは、一つのことにとらわれずに、物事をあるがままに見ようとする心のこと。そういう心からは、物事の実相をつかむ力も生まれてくる。
 この現代社会において、素直な心を持ち続けることは決して容易な事ではない。きっと、強い強い人間力が必要となる。

【松下政経塾での研修から】
 松下政経塾では、その人間力を養うための基礎課程がある。
 合宿2日目の早朝、その基礎課程のほんの一部ではあるが、庭掃除を体験した。葉を掻き集め草を抜きながら、小学生時代に、夏休みのお手伝いで家の庭掃除をしていたのを思い出した。当時は、小さな体で、庭があまりにも広く感じて途方にくれながら落ち葉を拾った。時々母が、取り残している葉や草をせっせと一緒に掃除してくれた。何事にも一生懸命な母の姿は、時には鬼のように怖く、時には太陽のように暖かい存在だった。少し懐かしかった。
 その他にも、心身の鍛錬の項目として書道もあるそうだ。これも、ステテコ姿の父に猛特訓され泣きながら練習した幼少時代を思い出す。あの頃は、幼くて訳が分からず何時間も必死に新聞紙の束に一文字一文字、墨にまみれながら書き続けたものである。妥協しない父の厳しさについていくのは、本当に大変だった。でも、そんな経験が、今日の社会生活に役立っていると感じる時がある。感謝している。
そして食卓を囲んでの数え切れない日々の会話の中で、人間のあるべき姿を両親から教えられ、また一緒に考えたものだ。今思えば、私には貴重な時間だったように思う。父や母から教わったことは、頭の中だけではなく、何故か体中の細胞がしっかり覚えている。例えば、『感謝の心が大事だよ。』とか、『お金は増えたり減ったりする。でも、この身につけた財産は絶対に減らない。だから、努力してあなた自身を磨きなさい。』とか、『人の立場に立って考えられる人になりなさい。』とか、『言葉は消しゴムでは消えない。だから、自分の言葉には責任を持ちなさい。』とか・・・まだまだ数え切れないほどある。社会人になってからも度々、親の言っていたことを思い出しては、やっぱり今の時代でも大事なことだと感じている。家庭教育での数え切れない経験は、人としての基本的姿勢を身につけるために必要なお金に換えられない財産だったのかもしれない。
 松下政経塾は、『人間とは何かを考えること。』をとても重要視している。これこそ、家族でコミュニケーションを重ねていく中で、培われていくべきものではないだろうか。そして、”人間とは何か”を考え自分なりの人間観を持ちつつ努力し、自分を磨き高めていくことは、この混乱社会の中で、様々な障害や弊害に惑わされることなく自分の信念を貫いていく生き方をする上で、 最も重要なことであると思う。そうしていくうちに、自分が歩むべき道は自ずと決まり、迷うことなく歩いていけるのかもしれない。
この合宿で、自分のこれまで生きてきた道を振り返り、幼少時代にとても重要な物を親から授かっていたこと、そしてこれを次世代へ引き継いでいかなければならないことを気付かせてもらった。家庭は人間形成に重要な小社会である。この個々の小社会での教育こそ、日本社会を末代にまで支えていくために無くてはならないものではないだろうか。その土台があってこそ学校教育や政治が活きてくるのだと、私は思う。
 その一方で、私達の家庭環境が、時代の変化とともに破壊されつつあることを問題視しなければならない。より良い家庭環境づくりのためには、忙しい社会になった今、ワーク・ライフ・バランスの実現は急務である。

【これまでの例会から】
 現代の人間社会において、守る力を感じにくい。子供を守る力、老人を守る力、弱者を守る力、正義を守る力、文化を守る力、そして自分を守る力・・・果たして日本は国民を、社会を守れているだろうか。両親が自分を守ってきてくれたように、これからは私達が守って行くべきものが山ほどある。この人間力が私達に充分に備わっているだろうか。今一度、幼少時代から家庭や学校で学び、身につけてきたものを再確認して、社会の一員としての責任を自覚しながら過ごしていかなければならないと思った。
 この半年間の例会を通して、守るべき物を守れる人間になりたいと思うようになった。それを意識しながら自分を磨き、女性であり歯科医師である私に出来るワーク・ライフ・バランスの推進について分科会で模索し、愛と平和と正義と勇気を持って実行に繋げていきたい。

【最後に】
 松下政経塾を後にする時、最後に心に留まった言葉−『いまやらねばいつできる わしがやらねばたれがやる』−松下幸之助の銅像に刻まれていた平櫛田中の言葉である。私が通った小学校の校門を潜ったところに、この石碑があったのを今でもはっきりと覚えている。そう、平櫛田中が学んだ今津小学校で、私も学び育ったのである。まったく、子供の頃に胸に刻まれたものは消えないものである。
 そしてこの合宿で、松下政経塾のOBである海老名市議のご講演や、北川塾生・西田塾生のご発表からもいい刺激を頂いた。すべて、今後の私なりの生き方に活かしていきたいと思う。
 松下政経塾は、何となく家庭に似たところだった。それは、松下幸之助と同じくらい、私達を育てた両親が偉大な存在であるということだろう。