2007年 松下政経塾特別例会

 
◆坂  俊介(岡山政経塾 六期生)
岡山政経塾 松下政経塾合宿レポート
《経験が線に 〜100キロ→直島→松下政経塾〜》



@ 直島・豊島合宿からの思い → 自分のエネルギーの矛先
今年7月の直島合宿。生活している人含めいろんな場面から、湧きあがるエネルギーに触れ、世の中もっと良くなるのではないかという可能性を感じ、心がふるえた。自分のエネルギーの矛先は何か。改めての自分探しを意識させられた意味のある2日間だった。

A 松下政経塾合宿への目的意識 → 政治を志す人たちの志とは?
松下政経塾合宿に参加するにあたって、私の興味は一点に絞られていた。
エネルギーの矛先が明確な人たち、先頭に立って政治を志す人たちの志とは何か?その志に触れること。
入塾中はその矛先が明確すぎて、つまらない人間になってしまうのではないか、正直そんなことも考えていた・・・後で考えるとホントに恥ずかしい話である。(卒塾生の方含めごめんなさい)
  
 初めて見る松下政経塾。アーチをくぐるとそこにはたくさんの強い思いがあった。
 エネルギーの矛先は人生をつらぬくテーマとして一人一人に根付いていた。
島根を変えたい、藤沢市を良くするための視点、高齢者が生きがいを持って自立していくためには、茅ヶ崎ブランドを確立したい・・・
自らが生活していく中で実感として感じながら、思いを強くしている方たち。
政治家という職業に憧れて入ってます、なんて人は当然存在していなかった。
松下塾主のビデオから感じられる思いに、胸が熱くなる。

B 志を実現する力 → 強固なリーダーシップ
思いがあってもそれを形にしなければ意味がない、と思う。
いくらテーマを持ち、勉強しても政治というステージで世の中が変わるわけではない。何が必要なのか考える。
渡辺先生や海老根先生のお話をうかがいながら、自分なりに感じたこと。
政治というステージで世の中を変えていこうと考えたときには「強固なリーダーシップ」なのだと思う。
生活している人たちに現状を知らせ、意識を喚起し、自分の意見を述べる。
自分たちの街の幸せを考える人たちを増やし、ベクトルを指し示す。
劇場でもまずはいいじゃないか、生活者にまず自分の生活をよくするための政治を考えてもらわなければ何も始まらないと思う。
国民投票法案、教育基本法改正、イラク特措法の一部改正、一部海外メディアでは大変評価が高いという記事を読んだ。「政策・業績として」と付け加えてあった。
そこに生きている人の腹に落とし込むことができないと、「政治として」の評価は難しいのかもしれない。
とにかく、生活者のためにしている方策が、生活者に伝わらないことを「政治」とは言わないような気がする。

C 松下政経塾という場所 → 「磨く」ということ
松下政経塾では世の中をよくするための思い磨き、自分磨きを追究しているように感じた。自分で学び、信念を確固たるものにする。教えてもらったものに思いは乗せづらい。自修自得・素志貫徹。自分にまずその強い思いがなければ何事も始まらない。
朝の掃除に関して。「自分の掃除ができない者に日本の掃除ができるわけない」の塾主の言葉に感動するが、私が朝の掃除を実際に経験してみるとまた違った意味も感じられた。
「自分を律して、皆の身近な共有物の掃除をする」奉仕的な意味合いも掃除には含まれているように思う。奉仕するためにはまず自分を律してから。
強固なリーダーシップのある人、人間として魅力のある人は往々にして「自律」できる人ではないだろうか。

D 経験から得たもの → 私のエネルギーの矛先は
この松下政経塾での経験を自分の中に落とし込んでみた時、ある思いがよみがえる。「とにかくみんなが幸せになってほしい。幸せにできることはなんだろう。」
この思いで東京から岡山に飛び込んできた。それから6年、気がつけば自分の幸せの追求にほとんど目が向いていたように思う。
しかしこの6年で岡山のポテンシャルの高さをひしひしと感じてきていた。私たち一人一人が考え、動き出そうとすれば何かが変わるかもしれないという可能性。
東京では無理でも、岡山ではできるかもしれない。
「岡山をよくしたい、幸せにしたい」という思い。漠然とはしているがエネルギーの矛先が何となく見えてきた。私ができる役割は何なのか、リーダーシップなのか、フォロアーなのか、別の役割なのか。

松下政経塾合宿は私に大きなものをプレゼントしてくれた意義のある2日間だった。そして漠然と今の自分のままではいけない、という気分にさせられた2日間だった。
自分を律するということ。食べたいときに食べ、飲みたいときに飲む、暴飲暴食デブだった私が1ヶ月前からダイエットを始めた。自分を管理することだけを心がけ、ストレスを溜めるような無理はしない。
現在7キロ減。
100キロ歩行で1着になれず3着だった時に感じた「自分への甘え」。
自分に甘えない自分作りも心がけていきたい。