2007年 松下政経塾特別例会

 
◆江草 聡美(岡山政経塾 六期生)

《宮本武蔵たれ! 〜運と愛嬌を磨く〜》




<プロローグ>
死して尚その御霊は生き続け、「志」が受け継がれている人物。そこに行けば会える・・・
私にとって松下政経塾に行くことは、松下幸之助塾主に会いに行くことに他ならなかった。
果たしてこの広大な敷地のどこにいるのか・・

<6300坪に意味を持たせる>
その答えは土屋氏に施設を案内していただいたことですぐに明らかになる。塾主は6300坪すべてに存在していた。アーチ、常緑樹、塔、曲、ラウンジ、円卓、そして書・・
すべてに意味を持たせることで、「思い」が生き続けている。「思い」は生きるのだ。

<運と愛嬌>
松下政経塾の入塾条件である「運があるか、愛嬌はあるか」を考える。
松下幸之助塾主は、「失敗したら実力がなかった。成功したら運が良かった」と言っていた。つまり、運とは成功を意味する。ならば入塾のときに「この人は成功する人かどうか」を見抜かれていることになる。ということは、運も愛嬌も自分次第で手に入れることが出来るのだ。「自修自得」この言葉の大切さがようやくわかった。

<見巧者を増やす>
渡辺徹氏の講演の中で考えた「共有地の悲劇」は、農地の大規模化を迫られている現在の日本の農家にとって絵空事ではなく、身に詰まる問題だ。
何事においても共通理解を得られないことが、人間の最大の悲劇なのだろう。
解決策は一人一人が「見巧者」になること。
 政治劇場に足を運ぶ見巧者を増やすためには、中・高校生同様、主婦層にも草の根レベルのディベート講座を開催したらどうだろう。主婦は「共有地の悲劇」をどう解決するだろうか。「牛よりイベリコ豚のほうがいいんじゃない?」などというトレンドを捉えた意見がでるかもしれない。
 しかし、それには役者(政治家)ではない、裏方(政治の大切さを伝える人)の絶対数が足りていないように思えてならない。公民館レベルで有権者教育を行う人材が今求められている。渡辺氏の話を聞きながら、「野菜」を「政治」に置き換えて、その大切さを伝える自分の姿を想像した。塾生諸君!出番です!!

<エピローグ 武蔵たれ!>
1985年、松下幸之助塾主のビデオが収録された年、私は政治とは無縁の高校生だった。
あれから四半世紀が過ぎ、母校・小倉高校の後輩が松下政経塾を訪れ交流しているという。
今そこにいるかのような圧倒的な存在感で「宮本武蔵たれ!」と語りかける塾主。
武蔵生誕の地・岡山に「岡山政経塾」があることをきっと喜んでいらっしゃるだろう。
そして私も今から「武蔵」になれるかもしれない。なぜなら、偶然障子を開けた先に「富士山」がくっきり見えた強運の持ち主なのだから・・。