2004年 松下政経塾特別例会

 
◆加来田 博貴(岡山政経塾 三期生)

《「哲学」とはなんだろう?》




 私は最近、すごく気になることがあります。それは、「自分の伝えたいことが、ちゃんと伝えられているか」ということ。これまで生きていた短い期間では、そう感じることがなかったのですが、最近つくづく感じています。考えてみればそれだけ生きていた世界が狭かった、と言うことになるのかもしれません。そう気付かされて日はまだ浅いですが、今日のレポートは、「自分の伝えたいことが、ちゃんと伝えられる」ように頑張って書いてみたいと思います。


 
 松下例会の2日目、私はみなさんとご一緒せず、6年前の塾の元生徒と会うことになりました。彼らは今医大生ですが、久々に会うこともあって、恋愛や大学の話でもするのかなっと思っていたところ、話題は普遍性とか論理性とか。風貌は今時の若者なんですが、そういうことを日ごろから大学の仲間とも議論しているということでした。そこで彼らに松下政経塾でさせて頂いたように「哲学ってなんだと思う?」ってきいてみました。その答えは、「理屈づけられた数学」とのこと。「筋の通ったもの」ということなんでしょうか。ちなみにその答えは、哲学博士の父親から教えられたようでした。しかし言葉面だけと思いきや、数学の面白さを題材に、「筋の通ったものの美しさ」を私に語ってくれました。数学は人が作り上げたものですが、論理展開は普遍、つまり誰もが納得するものだということだそうです。
 
 ところで小山事務局長は「宗教とは哲学そのもの」とおっしゃっていました。なぜエリートと言われた人たちがオウムに入り、事件をおこしたのか。彼らは、混沌とした現実から、数学や自然科学の「筋の通った世界」を現実に求めたからかも知れません。それほど「筋の通ったもの」は、人を引き付ける魅力が有るのでしょう。
 
 「筋の通った美しさ」は、アートも音楽もファッションも町並みも人間性にも求められるのかもしれません。僕は、生まれた町、福岡県豊前市で丘に上って眺める甍の波に、町並みの美しさを感じます。絶妙なバランス、海外にない美しさ。そういうのを大切にしたいと感じさせられます。現実と哲学の絶妙なバランスそれとアイデンティティと表現される「独自性」が、重要なのでしょうか?
 
 一方政治の世界は、となると、「筋の通ったもの」にはなっていない、ということになるのかもしれません。なぜシンポジウムのあの席で、松井証券の松井社長が「今政治に必要なものは哲学ではないか」とおっしゃったか。自分なりの答えが、これです。
 
 あのあと布野さんとお話しする機会があり、貴重なお言葉を戴きました。「ゆるがない人の道を真っすぐ歩んでいる人に魅力を感じます。人の道は哲学でしょうか。古代から今まで、未来にも通用する人の道をきちっと歩きたいなあと思っています。ズルしたくなる時もあるけど、その気持ちに勝てる強さがほしいと思います。」
 
 人の道からずれない、筋の通った生き方。すごく考えさせられます。自分は出来てるのかなって。それと価値観の多様化の中、何を信じるべきかってです。嘘をつかない、約束を守る、人をだまさないっていうことでしょうか。とある人に、「だましだましやればいい」と言われてから、自分がこれまで騙されてきたのではと感じました。でも自分は人を騙して、得を得たいとは思っていません。筋の通った行動で、背中で訴えられるようになりたいです。


 
 最後に、この度の松下政経塾シンポジウム、および政経塾での例会の機会、そして私に「気付き」の機会をくださった松下政経塾、そして岡山政経塾に感謝申し上げます。
 
 例会の準備等にご尽力くださった、小山事務局長、本郷塾生には迷惑もおかけしました。どうかお許しください。
 
 これからも、松下政経塾のみなさま、岡山政経塾のみなさま、加来田博貴をよろしくお願い申し上げます。
 
                                  平成16年9月6日記す