2010年 松下政経塾 100km 行軍

 
◆高田 尚志(岡山政経塾 9期生)

松下政経塾100km行軍レポート
『完歩の為に』




◇はじめに
「絶対に100キロ完歩したいと志す自分自身」
「絶対に100キロ完歩することを誓える仲間」
「絶対に100キロ完歩させてやると燃えるサポーターの皆様」

これがなければ、今年の5月に僕は100キロ歩くことができなかった。この3行は自身のレポートの最後に書き記した言葉だが、あれから5カ月たった今も、その考えは間違っていなかったと思っている。


◇参加の動機・サポートの必要性
松下100キロ行軍に参加された西村さん、采女さん、小林さん、高原さん。この4名の名前を聞けば、岡山政経塾生であれば誰しも完歩できることを疑わなかったであろう。欲を言えば完歩することは当然として、とんでもなく早い時間でゴールすることすら期待してしまった人もいたかもしれない。

しかし、僕はそうではないと考えていた。理由は2つある。
1つ目は、岡山政経塾の100キロ歩行の考え方の「心構え」にもある通り、自己を過信してしまうと歩けないのが100キロという道のりであるからだ。岡山で100キロ歩けた経験が過信を生めば、例えこの4人であったとしても歩けないかもしれない。

2つ目の理由は、4名の共通点にある。それは、いずれの方も、それぞれの年で「一人旅」で完歩しているという事だ。僕らは集団で歩くことのむずかしさをよく知っている。岡山の100キロ歩行では、初めこそ仲間同士で歩く人もいたが、結局途中でバラバラになる。仲間と歩くことで自分のペースを崩し、無理をした方の足が悲鳴を上げる。だからゴールの時には、皆バラバラになるし、リタイアしてしまうのだと思う。僕もそうだった。それだけ、チームでゴールすることは難しいと感じた。

だから、この4名(5名)が完歩するためには、現地でのサポートは必須だと考えていた。100キロ完歩は歩いている人だけの100キロではなく、多くの人々の支えがあって完成される。だからと言って、僕に彼らを救える力があったとは思わない。しかし、完歩に向けて僕にできる全てを出し切る。現地に駆け付けることのできない仲間分まで、自分が出し切る。そう決めた。


◇心の準備
僕自身も何度か練習に参加した。チャレンジャーとの練習時間を少しでも共有できなければ、現地でのサポートは本物には成りえないと考えたからだ。少しでも一緒に汗を流し彼らがどういう想いで参加されるのかを知っておきたかったからだ。

第2回目の練習に参加した時、高原さん以外(ぶどう収穫中の為お休み中)のメンバーの話をそれとなく伺った。まだ一様に不安を隠せずにいた事と、モチベーションのコントロールに悩まれていた事が印象的だった。

その後、現地で一緒にコースの下見もさせていただき、そのタフなコースを目の当たりにして言葉を失ったが、それでも彼らは限られた時間の中で練習を重ねられ、それぞれに目的を持たれて望まれている事を知った時、岡山100キロ歩行でいう「心の準備」はできていることを強く感じた。それぞれの主張や考え方があった中で、まだ経験したことのないチームとして歩く事を想定して練習を積まれたはずだったが、直前になり、メンバーが一人追加されることになった時にも、4人はそこにこそ新たな学びがあると決起し、チームとして一層団結を増したように見えた。

本当に素晴らしい4人だと思ったし、その勇ましさに自分も益々意欲が湧いてきた。
彼らには慢心も自己を過信する様も一切なかった。


◇チェックポイントにて
「自分がしてもらった以上のサポートをすることで、岡山100キロのサポートの素晴らしさを松下に置いて帰る」これが、僕のもう一つの目的だった。
その為には仲間のサポートだけではなく、松下の31期生の皆さんとダレルさんの完歩に向けて、全力をだすことを決意した。あの苦しくて、もう前には進めないと強く思ったリバーサイドからの残りの30キロの僕の歩みは、サポーターと仲間に歩かせてもらった。それを、今度は自分が返す。

50キロ地点からチャレンジャーを送りだし、暗闇の向こうに進んでいく後姿を見たとき、いよいよこれから本当の意味での100キロが始まるのと感じた。チェックポイントで基地の設営をする。手を振り声を出してチャレンジャーを迎える。体をさする。足腰をマッサージする。毛布をかける。飲み物を渡す。仲間から寄せられたコメントを読み上げる。僕にできる事なんて限られていた。だからこそ一つ一つに気持ちを込めた。
それ以降、10キロごとにチャレンジャーの容体が悪化していくのが見て取れた。


◇伴歩にて
80キロ地点から伴歩した。しかし、そこで目にした光景は、あまりにもショックが大きかった。チェックポイントに到着したチャレンジャーをサポートしているだけでは気づかなかった異変を伴歩する中で目の当たりにしたからだ。7期と8期と9期を代表するあの4人が、こんなにもボロボロで足を引きずって歩いている様を見たときに、改めてこの100キロが岡山のそれとは別物であることを感じた。途中何度も腰をかがめ、ストレッチを繰り返し、テーピングを巻きなおし、険しい表情を見せる5人。東の空が明るくなり始めたころ、国道134号線までもどり、90キロ地点に到着した。
「残り4時間で10キロ!」と自分は言った。タイムではない。急ぐ必要も無い。まだ4時間もある。ボロボロになったチャレンジャーを見て、チームとして完歩することの尊さをその時に感じた。無事にみんなが松下政経塾に帰れることを本当に願った。


◇松下31期生とダレルさん
なぜあそこまで笑顔でいられるのだろう。
彼らもまた、間違いなく辛い。しかし、一切の弱音を吐かず同時に謙虚だった。辛い時こそその人の本当の部分が見えるというが、最後の最後の最後まで笑顔と感謝の言葉を絶やさなかった彼らをみて、松下政経塾生の芯の強さを垣間見た気がした。同時に、開会式の時にいただいた言葉を思い出し、納得した。

『70キロを過ぎたとき、ガラス戸に移る自分の姿は、無残な姿になっているはず。顔は険しく、猫背になり、顔も泥だらけ。しかし、そんな時こそ背筋を伸ばして、笑顔を出せるような指導者になってください』

彼らとて辛い。間違いなく苦しい。自分は、サポーターとして、そんな辛さを表に出さない人のSOSにも気が付けるようなサポートが、もっとできたかもしれないと思った。


◇ゴール まとめ
ゴールが近くなった時、言葉にできない感動がもうすぐ起こる予感を感じた。これまで、ボロボロだった5人に笑顔がこぼれ、旗を受け取り肩を組んでから、歩調が一瞬元気になったのが見てとれた。岡山政経塾の赤いジャンバーを着たサポーターの姿が正門の前に見え、最後のコーナーを回ってゴールテープが見えたとき、それまで笑顔だったメンバーに涙が溢れ出た。参加することを決意してから、この瞬間を迎えるまでのことを思い返すと、自分も胸がいっぱいになった。

同じ100キロでも、目的とルールと立場が違えば全く別物になる。得られる教訓も違う。しかし「心と体と物の準備ができなければ100キロは完歩できない」。これは、岡山も松下も同じだと思う。自分は今回の松下100キロ行軍に携わり、チャレンジャーの意気込みに学び・励まされた。決して強制的な企画ではなかったはずだが、参加する決意を固め、心の照準を合わし、トレーニングを積み、本番に臨み、ゴールを迎えたチャレンジャーたち。100キロは歩く為にあるのではなくて、その一連の過程の中にこそ大切なものがあることを身をもって教えていただいた。
『何か新しいことを始める時には、やるという決意を固めること。そしてそのゴールを迎えるために、様々な工夫を凝らし努力を重ねること。仲間と支え合い、周りからのサポートも受ける中で目的を果たす。』
この度の経験から学んだ教訓を胸に刻み、自身の成長につなげていきたい。